こだわりを捨てよう
自分の勤めている会社や部門の業績が悪くなったら、リストラが始まるのが当然の時代になった。
もともと企業というのはそういうモノなんだけれど、戦後の高度経済成長期に終身雇用神話のようなモノができてしまった結果、それを受け入れられない人も多い。
だがしかし、仕事というのはお客様あってのモノであり、他人の役に立ってお金を頂いてこそ成り立つものであるから、お客さんがいなくなったらもうそれで終わりである。
会社の寿命は30年、などと言われるが、20年もたてばその部門の仕事はダメになる可能性が高い。
だから早めに次の仕事探しに動いた方がイイ。
会社を辞めて気づく、仕事のあるありがたみ。
だが、そうは言っても、食えている間はなかなか準備ができないのが人間と言うものだ。
先を見通せる人は、借金を減らしたり投資をし、長期に渡るローンなどは組まないが、そういうコトが実感として感じられない人間は、ダメである。
この先も同じ収入が続くという錯覚を前提に、遊びのために借金をしたり、ムダづかいをしてしまう。
それが悲しいかな、自分のことだったりする。
しかしリストラが始まったら、もうサッサと行動を起こさないといけない。
じたばたして会社に抗議しても、それは残念ながら『片思い』でしかない。
辞めるも地獄、残るも地獄、とはよく言ったもので、運良く残れたとしてもまた次のリストラが待ち受けているだけかも知れないのだ。
そして退職し、なんとか再就職しようと転職活動を開始してみると、今までもらっていた給料が、本当に有り難かったことに気づく。
仕事はなかなか見つからないし、給料も満足いく仕事はない。
何しろ持っているスキルは、斜陽の会社や斜陽の部門でしか役立たないモノだったりするし。
100年に1度の不況とは言うが、起こっているのはパラダイムシフト、社会構造の変化であるから、今まで築いてきたモノは、そのままでは全く役に立たなかったりする。
製造業で身につけたスキルは、介護業界やサービス業では役に立たないかもしれない。
メインフレームで培ったスキルは、インターネット業界では役立たないかも知れない。
だから月給20万弱、一番下からスタートする気持ちで仕事を探さないといけない。
生活のレベルを下げるのは、ものすごく辛いことだけれど、背に腹は代えられないし、実は世間一般の人はそれくらいで生活しているモノなんだ。